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2010年9月 9日 (木)

敵に塩をおくる。

今日は仕事で長野県長野市へ行ってきました♪
仕事後に川中島へ行ってきます。
この地は 私が約5~6年前、関東へ来て初めての史跡巡りの地として第一歩を歩んだ土地でもあります。

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そんな川中島といえば、もちろん戦国武将 武田信玄上杉謙信が5度に渡って戦い、北信濃の支配権を巡って行われた5度にも及ぶの戦いをいうのですが、最大の激戦となった第4次の戦いが千曲川と犀川が合流する三角状の平坦地である川中島を中心に行われたことから、その他の場所で行われた戦いも総称として「川中島の戦い」と呼ばれているのだそうです。

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いずれの戦いも引き分けたという両雄の因縁の土地でもあり、永禄4年(1561年)の戦いの舞台になったのが、ここ「八幡原の戦い」であり、第一次から第五次にわたる川中島の戦いの中では唯一大規模な戦いとなり、多くの死者を出した地でもあります。

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そのようなライバル関係にあった信玄と謙信ですが、今川氏真によって信玄が塩止めを受け、信玄が最大のピンチを迎えた時には、氏真の行為を謙信が“卑怯な行為”と批判し、「私は戦いでそなたと決着をつけるつもりだ。だから、越後の塩を送ろう。」といって、信玄に塩を送った言葉から派生し「敵に塩を送る」という諺も生まれました。

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もちろん、この逸話に関しては信頼すべき支書の裏付けはなく、後世の創作ではないかと考えられているとのことでもありますが、少なくとも信玄公の死を伝えを聞いた(食事中であった)謙信は、「吾れ好敵手を失へり、世に復たこれほどの英雄男子あらんや」と箸を落として号泣したと言われています。

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「敵に塩を送る」にしろ「勝てば官軍」にしろ、言葉は時代背景と共に曲げられ伝わることもあります。
いずれにしろ、「正しい」もしくは「間違っている」などという観点だけでは、物事は決まらないことばかりなのかも知れません。

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「この世は、あなたの“見方”次第。」by.ウォレス・D・ワトルズ

「美徳や卓越性があるから正しい行動をとれるのでなく、正しい行動をとるから 美徳や卓越性が身につくのだ。」by.アリストテレス

「小さな夢をみる人は、小さな人のまま、生きつづける。」by.ロバート・キヨサキ

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皆さんのライバルは誰ですか?
そのライバルに為に、自分自身ができることは何ですか?

つづきはまた今度♪

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このブログが、少しでも皆さんのお役に立てれば 幸いです♪
お読み頂きまして、まことに ありがとうございます。
本日が皆さんにとって、素晴らしい一日となりますように♪

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